〒033-0024
三沢市東岡三沢1-79-4
(有)三ツ輪商会内
TEL: 0176-53-1503
FAX: 0176-53-9167
マップはこちらから

お問合せ

フライト日誌

過去ログ: 0年0月の活動日記

箱根駅伝と父、故太田寿之

DSCF0034箱根駅伝は、亡くなった父が大好きなお正月番組(日テレ系で87年から放送開始)でした。今では、私にとってもお正月行事として、欠かせないスポーツ観戦の一つとなりましたが・・・若い頃は、あまり興味がありませんでした・・・。

父、太田寿之(平成15年4月24日没)は、昭和3年足尾銅山で有名な栃木県足尾町(現在は合併して日光市)に生まれました。古河実業高校に進学した父は、当時陸上部でエース(自称(笑))だったようで一時、箱根駅伝を目指し真剣に大学(中央大学)進学を志したこともあったと聞いています。

しかし、結局、祖父(太田市太郎)が銅山の鉱毒に侵され46歳の若さで亡くなりましたので、父(8人兄弟の三男)としては、大学進学を諦めざるをえなかったようです。

父は高校を卒業後、古河鉱業(機械設計部)に就職しました。当時の足尾は、銅山景気に湧く古河鉱業(現古河機械金属株式会社)一色の町でした。実業団スポーツが盛んな頃で、ことあるごとに各課対抗などと・・・様々な競技大会を行なっていたようで、父はマラソンやら駅伝やらと健脚を競っていたようです。

さて、足尾ではお正月ぐらいは“男が働かなければならない”との習慣で、元旦から雑煮・つまみ類(太田家は基本的におせち料理みたいなものは作りません)は、全て父が作っておりましたが、それも元日だけで・・・2日・3日は箱根駅伝に釘付け!今、思い浮かべても本当に楽しんでいましたね(笑)。 ・・・ということで、私もいつの間にか父と一緒に、箱根駅伝を欠かさず見るようになっていました。

それにしても・・・昨日の往路での柏原竜二(東洋大二年生)はすごかった!!昨年の山登りでの活躍も驚きましたが、今年はさらに10秒も区間新を上回るとは・・・まさに“新・山の神”です。私としては、現在籍をおく中央大学(法学部通信課程)を応援しているのですが・・・。往路では、4位と健闘しましたが何とか72年以来の総合優勝を果たしてもらいたいものです(笑)。

※写真は、本当に何十年振りになるのか・・・亡くなる一年前に、足尾(先祖の墓参り)へ行った時のものです。この時は、家族は勿論、三沢にいる親戚全員を引き連れて里帰りしております。その当時、父には何か感じるものがあったのだろうと・・・今でも、思っています。合掌

「種」を蒔きましょう!大柳館長訓示

201001020950252日(土)、県立三沢航空科学館の仕事始め、大柳館長から「今年は日本航空史100年の記念の年です。日本の航空産業は、世界のトップクラスからみると、技術的にも劣っているのが現状です。これからの日本の航空産業技術の向上は、今の子供達に係っています。三沢航空科学館の使命として、様々な事業やイベントをとおして子供達に科学することの楽しさや、ものづくりの大切さを伝える為の種蒔きをしていきましょう。」と訓示がありました。

私も全く同感です。「子供達の感性に火をつける・・・」そんな事業を積極的に取り組んでいきたいと、決意を新たにいたしました。その代表的な事業が、これまで度々ご紹介したプライマリーグライダーの製作です。今後、詳細を詰めて早々に事業着手したいと考えておりますが、何より「子供達の為に、何としてもこの事業をやり遂げる」という覚悟が必要なんだと思います。事業に対しての組織(役割)のあり方や進め方を議論するのも大切ですが、この機会に科学館の使命とは何か!?常に、問いかけながら挑戦していきたいと思います。

製作に関しては、子供達はもちろん、一般市民の方々の参加も募集しますので興味のある方は、ご連絡ください。

さて、2日(土)・3日(日)ヨーヨー・射的・輪投げ・・定番の「縁日」が開催されます。昨年までは、餅つき大会を開催しておりましたが、一人でも多くの子供達に参加して楽しんでもらおうと今年から始めた企画ですが、会場では朝早くから子供達の歓声が響きました。私には、スタッフの方が楽しんでいるように見えましたが(笑)。

お正月休みも明日まで・・・という方も多いと思いますが、お子様と一緒に「縁日」を楽しんでみては如何でしょうか?

この時期の「縁日」・・・思わず「男はつらいよ」ご存知“フーテンの寅さん”こと車 寅次郎(故渥美 清)を思い出しました。今日の夜はDVD借りて観ることといたします(笑)。

大晦日は恒例の夜勤なんです!

9cd17033e19f8a0e謹んで新年のお慶びを申し上げます。

旧年中は、色々とお世話になりました。本年も何卒宜しくお願いいたします。

さて、私の大晦日はPM10時から朝の5時まで「カラオケルームららら」で毎年恒例の夜勤!?でして・・・ここ10年は家族総出で従業員と一緒に頑張っております(汗)。それでも暇な時は、その時間を利用してカラオケを楽しむ事にしておりますから・・・よって、我が社はNHK紅白歌合戦というよりは、「LALALA紅白カラオケ大会」状態になる時も多々あります(笑)。また、今年は従業員の都合もあって、元日から家族総出で午後12時から午後7時まで稼いでおりました。

ところで、今年は「寅」年ですが、我が家の長男が年男なんです。

昭和61年生まれなので世間によく言う「五黄の寅」です。最近では「ごうの寅」と言われることが多いようですが・・・。

 もともとは「五黄の寅」であったのが、「ごおう」などという普段聞き慣れない言葉を含んでいるため、いつしか
「ごう」に変わってしまったのではないか、ということですが辞書(広辞苑)にも「五黄の寅」で載っているため、
やはり正しくは「五黄の寅」なのでしょう。
 「五黄」は九星のひとつで、これは九紫・八白・七赤・六白・五黄・四緑・三碧・二黒・一白と毎年順に付けられて
いるものだそうで五黄の年と寅の年が重なるのは、次の年です。
 大正3年・昭和25年・昭和61年で、基本的には9と12の最小公倍数で、36年に1度やって来るそうです。
五黄生まれの人は一般に運気が強いとされますが、「五黄の寅」のチャンピオンはご存知、上杉謙信(1530年)。
「五黄の寅」ではありませんが、寅年男といえばやはり徳川家康(1542年)、吉田松陰(1830年)大久保利通
(1830年)が有名ですね・・・。

 ということで、年男(24歳)になる長男の目には、今の私はどの様に写っているのでしょうか? 子供達に恥じない
生き方をしてきたつもりですが、最近は「頑張ってるね!」って励まされる事が多いです。

 そんな息子も、強運に恵まれて欲しいと思いますが・・・私も“あやかりたい”というのが正直な気持ちですね(笑)

なお、元日にあたり今年の活動方針を改めて掲載いたします。(昨年末に行なわれた太田博之後援会で承認されました)

■2011年太田博之活動方針
1、マニフェストnext2012のさらなる実現に向けての活動
2、マニフェスト通信簿(二年目評価)の実施
3、協働のまちづくりに向けて情報公開の推進
4、定例会ごとの市政報告会の実施
5、街頭活動の実施(4月より)
6、後援会組織の刷新・強化

挑 戦

ミス・ビードルCUP紙飛行機大会 開会式

第14回ミス・ビードルCUP紙飛行機大会 開会式の模様

人に負けてもいい

しかし、やるべきことをやらない自分の心の弱さには

絶対負けたくない

平成21年12月31日

三沢市議会議員 太田 博之

来年が、市民の皆様にとって最良の年となりますよう心からお祈り申し上げます。

良いお年をお迎え下さい。

(写真と文章は関係ありません)

固定観念を捨て新たな価値観を!

29日、県立三沢航空科学館の今年最後の営業が終り・・・終礼で挨拶し、今年のお礼と来年へのお願いをいたしました。

その中で、「当たり前のことが本当に当たり前なのか? これまで正しいと思っていたことは間違っていないのか? これまでどおりの国や行政任せで良いのか?」など、国の仕組みが大きく変わったことや、構造改革・経済環境の変化・・・という様々な改革の中で、“固定観念”にとらわれる事無く、斬新に多方面から見つめ直す必要性を改めて訴えました。

特に、来年は指定管理者としての最終年度の5年目を迎えることもあって、その集大成を飾ることは勿論、次期指定管理者(平成23年度~平成27年度)の応募に関しても新たな価値観で事業計画を立てなければならない勝負の年となるからです。

また、「傍観者や評論家はもう結構!あくまでも当事者としての立場で常に、考えて欲しい」ことも併せてお願いしました。

今年もあと一日。2009年を振り返って色々思うことはありますが・・・もう愚痴はこぼしません。あくまでも政治家を志した、その信念を最後まで貫くために大局に立った言動に心がけたいと考えております。明日は、今年最後のブログの書き込みですが・・・三行で太田博之の今年の気持ちを表わしたいと思います。

最後に、わたし的に今年の漢字一文字は・・・やはり「信」です。

無信不立(信無くば立たず)

政治に最も大切なものは、市民との信頼関係であると思います。

「市民のために、市民と共に市民参加の新しい三沢の創造」が私の政治テーマです。

「信頼の政治」、もう一度原点を見つめ直し、三沢市の発展ために信念を持って発言、実行していきます。

年賀状出してきまた

昨日から書き始めて・・・先ほどようやく年賀状(約300枚)を出してきました(汗…)

しかし、市内でもこの時期に出した年賀状は、元旦に着かないそうです。郵便局に確認したところ、12月の25日までに投函した年賀状は、基本的に全地域・・・元旦に着くそうですが、25日を過ぎると元旦には配達されなものもあるそうです。最近は、27日あたりに出した年賀状が元旦に配達されていないとの苦情が多く寄せられるため、TVや各種機関で25日まで投函しなければ元旦に配させれませんと・・・広報をしているようです。

毎年、早めに出したいと思っていても・・・いつもこの時期になってしまう私って、反省が足りないってことですね!自分としては、手書き(宛名)をしている分、偉いって勝手に思っているのですが、やはり年賀状は元旦に届かないといけませんよね!

話は変わりますが、今年は丑年・・・実は私、年男でした!(まだ過去形はおかしいか)来年は40台最後の年を迎えます。もう50歳は目前・・・すっかり若手という言葉が似合わなくなりました。全国では30歳代の市長や代議士が多数誕生しております。私たち中堅どころも、若い人たちのパワーに負けないように経験を生かした活動をしていかなければなりませんね。

おっと・・・そうこうしているうちに右腕がパンパンです。さあ温泉にでも行って来ますか(笑)

市政報告会を開催しました

26日(土) 旧太田博之選挙事務所に於いて「市政報告会」を行ないました。今回は、太田博之後援会の幹事会を対象に行なわれ幹事22名のご出席をいただきました。

初めに、私からマニフェスト通信簿(自己評価と第三者評価)を基に、二年目の活動報告をいたしました。また、21年を振り返って・・・主にアメリカ村に先日OPENしたMGプラザの予算措置の経緯や、自主防災組織の現状と課題、さらに私がマニフェストで提案している「三沢市子育て支援条例」の素案などについて活発に意見交換をいたしました。

特に、MGプラザの予算措置に関しては、あまりにも情報が入ってこない。市議会にも説明がなかったのか。この先どの様なまちづくりを目指しているのかまったく不透明。など・・・MGプラザの事業に対する不満と不安の声が多く聞かれましたが、「OPENした以上何とか人を呼ぶ工夫をみんなで考えよう」との意見もあり、三沢市民として関わっていく必要性も確認されました。

しかし、市民参加を求めるには情報公開が必要不可欠であることは言うまでもございません。これまでも、MGI並び三沢市商工会、三沢市に対し情報公開を求めてきましたが、一切公開されていません。今回の市政報告会で改めて気が付かされたのは情報公開が、いかに協働のまちづくりに不可欠かということです。私は、断言します「市民不在のアメリカ村計画は、成功するはずがありません」。

最後に、出席された方々のご意見も取り入れ、来年以降の政治活動の方針を確認し「市政報告会」を閉じました。以下2010年の活動方針です。

■平成2011年太田博之活動方針

1、マニフェストnext2012のさらなる実現に向けての活動

2、マニフェスト通信簿(二年目評価)の実施

3、協働のまちづくりに向けて情報公開の推進

4、定例会ごとの市政報告会の実施

5、街頭活動の実施(4月より)

6、後援会組織の刷新・強化

その後、『カラオケルームららら』に場所を移して忘年会を開き、大いに盛り上がりました。私も吉幾三の「酔歌」とアリスの「遠くで汽笛を聞きながら」を熱唱?しました(笑)

✑市民からの書き込み「市民には知る権利があります」

昨日の「専務解任」に対して、市民の方より書き込みがありました。

太田さん、出張ご苦労さまでした。有意義な出張だったようで、航空科学館でのゼロ戦展示、期待しています。戦争には反対ですが、歴史・史実を直視して、今後の道標として実感したいと思います。
ところで、太田さんがMGIの専務を辞任したのではなく、解任されていたとは驚きです。
際コーポレーションの店舗やNPO市民コンソーシアム三沢のFM局など、三沢の新しいまちづくりの大きなきっかけとして期待していたのに、全てMGI側がなしにしたのは、どのような意図があったのでしょうか?
まちづくりに主体的に取り組んでいた人たちを排除する必要性がどこにあったのか?排除することで、現在の店舗の内容が当初の計画より魅力あるものになったのか?三沢市が目指した目標が達成されるのか?
どんな経緯で、どんなまちづくりが実践できるのか、市民として知りたいし、税金が投入されているのであれば、知る権利はあると思います。
市議会でも十分な検討ができないのであれば、何を目指すまちづくりなのか、市民が期待したまちづくりをどのように実践すべきか、関係者や市民が集まって、検討会やシンポジウムなどでの議論が必要ではないかと思います。
他の市民の皆さん<若い人たちはどのように思っているのでしょうか

MGI側の意図は、正直分かりませんが、方向転換をしなければならない・・・“大きな力”が働いたのではないでしょうか。

しかし、最終的に判断したのはMGIですから、どのような結果になってもその責任はMGI側が負わなければならないことは確かです。私に言わせれば、当事者意識の欠落としか言い様がありません。そしてそのことが、自分達が市民の税金を使わせていただき、「三沢市のまちづくり」の将来を担っているのだ!とのオピニオンリーダーとしての自覚も薄れていってしまったのも、この結果につながっているのではないでしょうか。

今回、市民の声として・・・「関係者や市民が集まって、検討会やシンポジウムなどでの議論が必要ではないかと思いますとのご提言をいただきましたので、NPO市民コンソーシアムの方々と実現に向けて相談してみたいと思います。書き込みをされた方は、実現の暁には、ぜひ沢山のお仲間を誘っていただき「知る権利」を行使してください。

最後になりましたが、三沢市の若い人たちの思いですが・・・「これじゃ、話が違う」と思っている方は多いのではないでしょうか。しかし一方では、私に対して市議会議員という立場を利用して、私利私欲で進めれられたMGプラザの結末を、問題視している方も少なくありません。誤解されているというよりは、全ての責任を私一人に押し付けようとする意図すら感じます。

真実は一つしかありません。くじけず、あきらめず・・・今後も、MGプラザ建設に関わる真実の公開と、私自身の潔白を訴えていきます。これからも応援宜しくお願いいたします。


MGI専務取締役を一方的に解任されたり!

昨年の12月25日、MGインターナショナル株式会社(MGI)の専務取締役を一方的に解任されました・・・。

それから、あっという間の一年でしたね。MGプラザ建設に関わる新聞報道では『専務辞任/アメリカ村MG建設中断』(東奥日報本年1月13日付)となっておりますが、事実は突然の解任です。前日の24日に個人投資家のIさんのところへ相談にいっていたところ、株主の昆さんから突然・・・明日、MGIの取締役会並びに、株主総会開催のメールが入りました。総会の案内が書面ではなく、携帯電話のメール。しかも、開催日が明日ということで、慌てて中居社長に電話で確認いたしました。

太田博之「急な案内ですが・・・案件は何でしょうか?」

中居社長「貴方に役員を辞めていただきたいので・・・役員会を開きたい」との回答がありました。

さらに、理由を聞くと、現在、私の進めているやり方に、どこからか横槍が入ったようで・・・。結局、納得のいかない私は「役員会並びに総会には出席しないので、そちらで解任してください」と伝え、翌日・・・そのように決まった旨、事務局員から連絡がありました。

当時、私の進めていた事とは、市から指摘されていた土間打ち工事の遅れを何とか“今年中に完了させなければならない”との考えから、金策に走っていたことで・・・当然、中居社長の許可をもらって行動していたにも関わらず、突然解任ですから・・・何がなんだか(驚)。

その後、鉄筋がむき出しになって中断した土間打ち工事も・・・「最低3月まで完了しなければ、工事のやり直しをしなければならない」と指摘していた市も口を閉ざし・・・。結局、工事が再開した6月になって確認したところ、「現状では、何ら問題なし」との判断に変わっておりました。しかし、担当課の課長さんに確認したところ、「役所発注の工事であれば、あの状態では当然やり直しを求める」との回答をいだだいきました(驚!)過ぎたことですから、もういいですが・・・あまりにずさんな対応で正直あきれました!!

というより、あの時点で、翌年の6月まであの中断した土間打ち工事が延期できるのなら、MGプラザの工事再会の手法は、他にも選択肢は沢山あったのに!と、悔しい一言に尽きるのです。

さらに、一言云わせてもらうのなら、専務を解任された後・・・「やはり太田さんの考えている案で進めるべく、MGIの社長をやってもらいたい」とのことから、今年の2月6日に開催された取締役会並びに総会で「太田博之、MGI社長就任」を決議したものの・・・これまた2日後の東京出張中に、携帯電話にメールで「社長就任は無かったことにしてください」との連絡(またまたどこかから横槍が入ったのでしょう)が入りました。事実上、この時点から私はMGプラザの新計画・工事再開には一切関わらなくなりました。

それから・・・際コーポレーション株式会社(MGプラザ核店舗)、マキュアス株式会社(コンサル)、NPO市民コンソーシアム三沢(FM局・スポーツライブスタジオ他、MGプラザイベント実施主体)が、何ら説明もなく(私にも勿論、一緒にチームになって計画を進めてきたこの方々にもです(怒`・ω・´))次々に紙切れ一枚で解約されていったのです。

まだまだ、話はつきませんが・・・・今日は、昨年の12月25日、「専務取締役を一方的に解任された日」ということで書き込んでみました・・・。それにしても時の経つのは早いものです(涙)

九州航空宇宙協会からのクリスマスプレゼント

2009122113395222日から始まりました福岡での研修・視察も本日の前田 建(同会副会長)さんとの打ち合わせを最後に福岡を発ちます。

前田さん、勝部さんに福岡空港へ出迎えをいただいてから、あっという間の2泊3日の行程でした・・・。これまでもブログで紹介したとおり協会の皆様には本当におせわになりました。皆様の子供たちへの「空」・「宇宙」への思いを直接感じ取ることが出来、新たな目標が見えて参りました。これから私たちが三沢航空科学館の事業をとおして、いかに子供たちの心に火を付けることができるのjか・・・。お~きな夢を抱いてもらえるよう「体感」という新たなキーワードで頑張っていきたいと思います。

九州航空宇宙協会の皆様・・・みなさまから、大きな大きなクリスマスプレゼントをいただきました。本当にありがとうございます。そして、これからも末永くご指導方宜しくお願い申し上げます。

これまで、ミス・ビードル号の紙飛行機をとおして活動をして参りましたが、これを契機にひとつ上のバージョン「体感」へ進化していきたいと考えております。メンバーの協力は基より、このような機会を大切に、様々な交流を図っていきたいと思います。今は、あれこれやりたい事が沢山あって・・・ちょっと興奮ぎみですが、あれもこれもではなく、あれかこれかの有限順位を明確に、事業計画を立てていきます。

来年度は、指定管理者としての最終年度(5年目)となります。来年は、23年度以降の指定管理者の応募がありますが、これまでの実績を披瀝するだけでなく、この期間でいただいた各団体とのご縁を大切に、これからも連携を図り、テイクオフグループとして継続して運営できるよう「夢」溢れる事業計画を立案していきます。

皆さん応援してください! また、何かお気づきの点がございましたら、何なりとこのブログをとおしてお申し付けいただければ嬉しいです(笑)

写真は21日、乃村工藝社で開催された次期事業計画を話し合った会議の模様です。 ちなみに1時~5時30分まで頑張りました(汗)

Page 150 of 155« First...102030148149150151152...Last »